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出会い系で身体の相性がいい女性とは? 3人の女性と会って分かったこと

出会い系で知り合った3人の女性との身体の相性を比較し、1人の女性と心が通じ合う50代男性を表現したイメージ 出会い系
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私はずっと、男なら相手がどんな女性であっても、裸になって身体を重ねれば自然と興奮し、最後までセックスできるものだと思っていた。

だから、「身体の相性」というものを、それほど意識したことがなかった。

相手の女性を抱きたいと思ってホテルへ行ったのなら、普通にセックスできる。

少なくとも、以前の私はそう思っていた。

ところが54歳になり、出会い系サイトを通じて女性と会うようになってから、その考えが少しずつ変わっていった。

きっかけになったのは、ワクワクメールで知り合った3人の女性だった。

人妻の渚さん。

バツイチ独身のひろみさん。

そして未婚のくみさん。

3人とも実際に会い、ホテルで裸になって肌を重ねた女性だ。

しかし、私の身体の反応は3人とも同じではなかった。

最初に会ったのは、55歳の渚さんだった。

渚さんとはホテルで親密な時間を過ごし、私の身体も自然に反応した。大きな問題を感じることなく、最後までセックスすることができた。

ところが、その後に会った女性では同じようにはいかなかった。

51歳のひろみさん。

45歳のくみさん。

二人ともセックスをするつもりで会い、実際にホテルまで行った。

裸になり、身体を重ねた。

それなのに、途中で勃起力を維持できなくなり、挿入することができなかった。

最初は単純に、

「54歳になって、俺の勃起力が落ちてきたのかな?」

と思った。

実際、年齢的な身体の変化について気になっていた時期でもあった。

でも、それだけではどうしても腑に落ちない。

もし単純に私自身の勃起力の問題なのだとしたら、なぜ渚さんとは最後までできたのだろう?

しかも3人の年齢を比べると、

渚さんは55歳。

ひろみさんは51歳。

くみさんは45歳。

私が最後までセックスできたのは、3人の中で最も年上の渚さんだった。

女性の年齢が若ければ興奮するわけでもない。

ホテルへ行けば誰とでも同じように身体が反応するわけでもない。

では、渚さんと他の二人では何が違ったのだろう?

3人との時間を振り返っていくうちに、私は一つのことを考えるようになった。

もしかして、セックスには本当に「身体の相性」というものがあるんじゃないだろうか。

この記事では、ワクワクメールで知り合った3人の女性との経験を振り返りながら、私自身の身体や気持ちがどう違ったのかを比較してみたい。

そして、54歳になって初めて実感した、

「身体の相性がいい女性とは、どんな女性なのか?」

について、私なりに考えてみようと思う。

以前の私は「身体の相性」をよく分かっていなかった

以前の私は、「身体の相性」というものをよく分かっていなかった。

というより、身体の相性について真剣に考える必要がなかった、と言った方が正しいのかもしれない。

なぜなら、それまで私が性交渉を持った女性とは、ほとんどの場合、最後まで問題なくできていたからだ。

私は過去に4人の人妻と関係を持ったことがある。

さらに、ソープランドでは7人の女性と性交渉を持った。

合わせて11人。

その11人すべてで、私は最後まで至っている。

もちろん、11人全員が私の好みの女性だったわけではない。

顔が好みではない女性もいた。

体型が私の好みとは違う女性もいた。

それでも、裸になって身体を重ねれば私の身体は反応したし、最後までできた。

だから当時の私は、

「身体の相性がいい」

「身体の相性が悪い」

と言われても、いまひとつピンとこなかった。

最後までできるのなら、身体の相性なんて関係ないんじゃないの?

そんなふうに思っていたのだ。

もちろん、例外がまったくなかったわけではない。

過去に某出会い系サイトを通じて会った女性と、一度だけ最後までできなかったことがある。

ただ、そのときの私は、

「この女性とは身体の相性が悪かったのかもしれない」

とは考えなかった。

一度うまくいかなかっただけ。

私の中では、その程度の認識だった。

それまでの経験では、相手の年齢や顔、体型が自分の好みに完全に合っていなくても、最後までできていたからだ。

だから私は長い間、セックスというものは相手によって多少の違いはあっても、自分の身体の反応そのものが大きく変わるものだとは考えていなかった。

ところが、54歳になった私の前に、その考えを変えることになる3人の女性が現れた。

ワクワクメールで知り合った、渚さん、ひろみさん、そしてくみさんだ。

3人とも実際に会い、親密な時間を過ごした。

しかし、同じ私であるにもかかわらず、3人に対する私の身体の反応は明らかに違っていた。

渚さんとは最後まで自然にできた。

一方で、ひろみさん、くみさんとは同じようにはいかなかった。

なぜなのだろう?

単純に私が54歳になり、身体が衰えてきただけなのだろうか。

それなら、なぜ渚さんとは最後までできたのか。

3人との経験を比較するようになって、私は初めて、

「身体の相性って、本当にあるのかもしれない」

と思うようになった。

そして今振り返ると、私はもう一つ勘違いしていたのだと思う。

最後までできたからといって、それだけで「身体の相性がいい」とは限らない。

身体の相性というものは、私がそれまで考えていたより、もう少し複雑なものなのかもしれない。

ひろみさん|気持ちが高まらないと、身体もついてこなかった

ひろみさんと初めて会ったとき、私は彼女を見て、

「この女性ならありかな」

と思った。

少なくとも、女性として抱けないとは思わなかった。

だから、このあと私の身体がまったく思い通りにならなくなるとは、この時点では想像もしていなかった。

私たちはまず、約束していた焼肉屋へ向かった。

ところが、一緒に歩き始めてすぐに違和感を覚えた。

彼女の歩く速度があまりにも遅かったのだ。

焼肉屋は建物の2階にあったのだが、階段を上るのもかなり大変そうで、私は手を貸すことになった。

このあたりから、

「この人大丈夫なのかな?」

という気持ちが少しずつ出てきた。

さらに食事が始まってからも、私には気になることが続いた。

焼肉を一度に何枚も網に乗せるので、肉が焦げてしまう。

食べきれなくなった肉を私に食べてほしいと言われる。

一つひとつは些細なことなのかもしれない。

しかし、これから男女として親密な時間を過ごそうとしている相手に対して、小さな違和感が少しずつ積み重なっていった。

そして食事の終盤、私の気持ちを大きく変える出来事が起きた。

彼女から、このあと親密な関係になるのであれば1万円ほしいと言われたのだ。

私は驚いた。

それまでのメッセージでは、そんな条件を聞いていなかったからだ。

しかも、場所はホテルではなく彼女の自宅だという。

焼肉をご馳走したあとになって条件を提示されたこともあり、私はかなり不満だった。

それでも私は条件を受け入れた。

今振り返ると、この時点ですでに私の気持ちは、

「この女性を抱きたい」

という純粋な欲求だけではなくなっていたのだと思う。

ここまでお金と時間を使ったのだから、このまま帰りたくない。

そんな損得勘定が混ざり始めていた。

そして彼女の自宅へ入った瞬間、さらに気持ちが冷めていった。

部屋には物が大量に置かれ、落ち着いて座れる場所さえほとんどない。

私には、いわゆるゴミ屋敷のように見えた。

浴室の状態にも清潔感を感じられず、

「こんな場所で本当にこれから親密な時間を過ごすのか?」

という気持ちになった。

それでも私は彼女を女性として抱こうとした。

ここは自分でも重要だと思っている。

私は最初から、ひろみさんを性的な対象として見られなかったわけではない。

実際、彼女と身体を重ねようとした。

身体も一度も反応しなかったわけではない。

しかし、いざ先へ進もうとすると、その状態を維持することができなかった。

そこで私は焦り始めた。

「何とかしないと」

「ここまで来たんだから最後までしたい」

そんなことばかりを考えるようになった。

最初のうちは彼女に気持ちよくなってもらいたいと思っていたはずなのに、途中からは自分の身体を何とか反応させることばかり考えていた。

そして、もう一つ決定的に足りなかったものがあった。

私は、ひろみさんから求められているという感覚をほとんど持てなかった。

私にとってセックスは、裸になってベッドに入ったところから突然始まるものではない。

もっと前から始まっている。

会って話をする。

一緒に歩く。

手をつなぐ。

触れた指で相手の手を優しくなぞる。

相手からも同じように触れられる。

少しずつ距離が縮まり、

「早く抱きしめたい」

「キスしたい」

「もっと触れたい」

という気持ちがお互いに高まっていく。

私にとっては、そこからすでに前戯が始まっているのだと思う。

ところが、ひろみさんとの時間には、それがほとんどなかった。

むしろ逆だった。

会った直後には「この女性ならあり」と思っていたのに、一緒に過ごすほど違和感や不満が積み重なっていった。

そして二人きりになってからも、私には彼女から積極的に求められているという感覚がなかった。

私ばかりが何とか気持ちを高めようとしている。

そんな状態だった。

今になって思う。

あの日、私が必死になっていたのは、ひろみさんとの時間を楽しむことではなかった。

何とか身体を反応させて、最後までいくことだった。

それでは気持ちが高まらなかったのも当然だったのかもしれない。

私は以前、女性が裸になれば男は自然に興奮するものだと思っていた。

でも、自分自身がそうではなかった。

少なくとも54歳になった私にとって、目の前に裸の女性がいるという事実だけでは十分ではなかった。

私は相手を求めたい。

そして、相手からも求められたい。

自分が触れれば、相手からも何かが返ってきてほしい。

二人の気持ちが少しずつ高まり、その先に身体を重ねる時間があってほしい。

ひろみさんとの経験で、私は初めてそのことを強く意識した。

だから今振り返っても、

「たまたま、あの日の私の調子が悪かった」

だけだったとは思っていない。

私にとって、相手から求められることも含めて身体の相性なのだ。

ひろみさんとは、その部分が合わなかった。

身体の相性とは、裸になったあとの身体だけで決まるものではない。

会った瞬間から少しずつ作られていく気持ち。

相手を求める気持ち。

相手から求められていると感じること。

そのすべてが重なって、初めて身体もついてくる。

ひろみさんとの時間は、私にそのことを初めて実感させた経験だった。

くみさん|身体は触れ合っているのに、気持ちは触れ合えなかった

ひろみさんとの経験のあと、私はワクワクメールで知り合ったくみさんという45歳の女性とホテルへ行った。

くみさんとのときも、私は最後までできなかった。

しかし、ひろみさんのときとは少し違う。

くみさんとは、最初から私の身体が反応しなかったわけではない。

ホテルに入り、お風呂にお湯をためている間、私たちは抱きしめ合ってキスをした。

そのとき、私はちゃんと勃起していた。

だから、

「今日は大丈夫そうだ」

と安心したのを覚えている。

ただ、キスをしているときから、私は小さな違和感を覚えていた。

私は、キスをしながらお互いの気持ちがどんどん高まっていくような触れ合いが好きだ。

ところが、くみさんとのキスには、私が求めていた感覚がなかった。

キスをしている。

裸になって抱きしめ合っている。

肌と肌も触れている。

それなのに、なぜか心の距離が縮まっていかない。

肌は触れ合っているのに、その間に見えない膜が一枚あるような感覚だった。

一応、身体は反応している。

でも、燃え上がらない。

「もっとこの女性に触れたい」

「もっと求めたい」

という気持ちが大きくなっていかなかった。

そして、その違和感をさらに大きくしたのが、くみさんの一言だった。

お風呂にお湯がたまるのを待っていると、くみさんは、お風呂に入る前にベッドへ行こうというようなことを言った。

私は、

「え? いきなりベッドに行くの?」

と思った。

私にとって、一緒にお風呂へ入る時間は、単に身体を綺麗にするためだけの時間ではない。

お互いの身体に触れながら、少しずつ距離を縮めていく。

抱きしめたり、キスをしたり、相手の身体を洗ったり、逆に自分の身体にも触れてもらったりする。

そうした触れ合いによって、

「この女性をもっと求めたい」

という気持ちが高まっていく。

だから私は、その時間も含めてセックスだと思っている。

ところが、くみさんはそこを飛ばして、すぐ次へ進もうとした。

もちろん、どちらが正しいという話ではない。

セックスの楽しみ方は人によって違う。

ただ、私とは明らかにテンポが違った。

私はゆっくり気持ちを高めていきたい。

くみさんは、私にはもっと早く行為そのものへ進みたがっているように見えた。

その瞬間、

「この人は、私との時間そのものを楽しみたいわけではないのかな?」

という気持ちが生まれた。

そして、さっきまで高まりかけていた私の気持ちが少し下がった。

それでも私は、くみさんとの時間を楽しもうとした。

しかし、そこから何度も気持ちを切られることになる。

二人きりで過ごしている間にも、くみさんのスマホからLINEの通知音が何度も聞こえてきた。

そのたびに意識が現実へ引き戻される。

私は、

「ホテルにいる間くらい、二人の時間に集中したい」

と思っていた。

さらに途中で電話までかかってきた。

くみさんから、

「電話に出てもいい?」

と聞かれ、私は了承した。

でも、当然その間、私は待つことになる。

せっかく二人の世界に入りかけても、そこでまた途切れる。

性的な気持ちというのは、一度下がったら二度と戻らないものではない。

私の場合、また抱きしめたり触れ合ったりすれば、気持ちを高め直すことはできる。

しかし、くみさんとのときは、

高まりかける。

途切れる。

もう一度高めようとする。

また途切れる。

そんなことが繰り返されていた。

そして、さらに私の気持ちを下げたのが、

「帰りたい」

という雰囲気だった。

家で食事を作らなければならない。

お腹が減った。

そんな話が出てくるたびに、私は、

「この女性は、私との時間を楽しみたいとは思っていないんじゃないか?」

と感じるようになった。

もちろん、くみさんが実際にどう考えていたのかは分からない。

ただ、少なくとも私にはそう感じられた。

最初の私は、くみさんにも気持ちよくなってもらいたいと思っていた。

相手にも楽しんでもらいたい。

その気持ちは確かにあった。

ところが、うまくいかない時間が続くにつれて、私の意識も変わっていった。

「何とか自分の身体を反応させなければ」

「何とか最後までいかなければ」

そんなことばかりを考えるようになった。

気が付けば、二人で楽しむ時間ではなくなっていた。

私は自分の身体を何とか反応させようとしている。

でも、相手から返ってくるものを感じられない。

これでは気持ちが高まるはずがない。

さらに、くみさんの裸を見たとき、私が想像していた身体との違いを感じたことも、気持ちを下げた一因だった。

これは完全に私個人の好みの問題だ。

誰の身体が良いとか悪いという話ではない。

ただ、会ったときに服の上から想像していた姿と、実際に裸になった姿には私の中でかなりの落差があり、それが性的な気持ちに影響したことは否定できない。

それでも、私は外見だけが原因だったとは思っていない。

もし外見だけの問題なら、最初に抱きしめ合ったときに身体が反応したことを説明できないからだ。

私にとってもっと大きかったのは、二人の気持ちのテンポが最後まで噛み合わなかったことだった。

私は今回の経験で、一つ面白いことに気付いた。

勃起することと、その女性との時間に夢中になれることは、同じではない。

くみさんを抱きしめたとき、私の身体は反応した。

それでも、その後のやり取りによって気持ちはどんどん下がり、身体もついてこなくなった。

以前の私なら、

「女性を抱いて勃起したのだから、あとは普通に最後までできるだろう」

と思っていた。

でも、そうではなかった。

私の場合、

触れ合う。

相手からも触れられる。

嬉しいと思う。

幸せだと感じる。

もっと相手を求めたくなる。

そして、相手も自分との時間を楽しんでくれていると感じる。

そうした感情の積み重ねが、性的な興奮にもつながっているのだと思う。

だから私は、単純に長い前戯が好きなのではない。

二人の気持ちが同じ方向へ高まっていく過程が好きなのだ。

くみさんとの間には、その過程がなかった。

身体は触れ合っていた。

裸で抱きしめ合い、キスもした。

それなのに私は最後まで、くみさんと心まで触れ合っているようには感じられなかった。

今振り返れば、私とくみさんでは、「セックス」という言葉から思い描いているもの自体が違っていたのかもしれない。

私は、相手を求めたい。

そして相手からも求められたい。

二人で気持ちを高め、その時間そのものを楽しみたい。

その先に、身体を重ねる行為があってほしい。

だから私は、くみさんとは身体の相性が悪かったと思っている。

身体の相性とは、身体が触れ合えるかどうかだけではない。

二人の気持ちが、同じ速度で、同じ方向へ向かっていけるかどうか。

くみさんとの経験によって、私はそのことにも気付かされた。

渚さん|なぜ彼女とは自然に身体が反応したのか

ひろみさん、くみさんとは最後までできなかった。

では、なぜ渚さんとは自然に身体が反応したのだろう。

今振り返れば、その理由はかなりはっきりしている。

渚さん自身も、私との時間を楽しみ、私を求めてくれていると感じられたからだ。

しかも、渚さんとの親密な時間はホテルへ入ってから始まったわけではない。

初めて会ったその日。

待ち合わせ場所で渚さんを車の助手席に乗せ、私たちは手をつないだ。

指と指を交互に絡ませる、いわゆる恋人つなぎだった。

私は渚さんの手の甲を指でなぞった。

すると渚さんも、私の手の甲を指でなぞってきた。

しかも、その触れ方は私以上に積極的に感じられた。

言葉にして、

「あなたに触れたい」

と言われたわけではない。

それでも、つないだ手から渚さんの気持ちが伝わってくるようだった。

私は無心で彼女の手をなぞり続けた。

彼女も同じように私の手をなぞり続けた。

初対面の男女なのに、二人とも相手を求めている。

そんな感覚があった。

車内には冷房が効いていた。

それなのに、私には別の意味で熱い空間になっていた。

あのとき、車内という限られた空間は、すでにホテルの一室になっていたのかもしれない。

私にとっては、あの恋人つなぎからすでに前戯は始まっていた。

そして実際、手をつないで指を動かし合っているだけで、私の身体は反応していた。

ホテルへ入ってからも、その流れが途切れることはなかった。

抱きしめれば、渚さんも私を強く抱きしめてくれる。

キスをすれば、渚さんからも積極的な反応が返ってくる。

私だけが一方的に彼女を求めているのではない。

私が渚さんを求めれば、渚さんも私を求めてくれる。

それが嬉しかった。

一緒にお風呂へ入ったときもそうだった。

二人で触れ合いながら過ごす。

渚さんの方からも私に触れてくる。

私がひろみさん、くみさんとの時間で感じられなかったものが、渚さんとの間にはあった。

二人で一緒に気持ちを高めている感覚だった。

私は以前、性的な興奮とは、女性の裸を見ることや身体に触れることで生まれるものだと思っていた。

でも、渚さんとの経験を振り返ると、それだけではなかったことが分かる。

私が触れる。

渚さんから反応が返ってくる。

私は嬉しくなる。

もっと彼女を求めたくなる。

すると彼女からも、さらに気持ちが返ってくる。

その繰り返しによって、私の気持ちはどんどん高まっていった。

そして私は、

「この女性は今、私との時間を楽しんでくれている」

「この女性も私を求めてくれている」

と感じることができた。

それが、一人の男として嬉しかった。

安心した。

幸せだった。

そうした感情は性的な興奮とは少し違う。

でも私の場合、その嬉しさや幸福感が、さらに相手を求める気持ちへと変わっていく。

そして、その気持ちに身体も自然についてくる。

だから渚さんとのときは、

「何とか身体を反応させなければ」

などと考える必要がなかった。

そんなことを考える暇もなかったと言った方が近いのかもしれない。

私はただ、目の前にいる渚さんとの時間に夢中になっていた。

渚さんの仕草にも強く惹かれた。

触れ合っているときに指を絡ませてくる。

私の顔に優しく触れてくる。

抱きしめれば、抱きしめ返してくれる。

言葉がなくても、

「今、この時間を大切にしている」

と伝えられているような気がした。

指と指が絡まっている。

それだけのことなのに、私は渚さんのことをとても愛おしく感じた。

ここが、私にとって非常に重要だったのだと思う。

私は女性の身体だけを求めていたのではない。

私という一人の男を求めてくれる女性を、私も求めていたのだ。

だからこそ、渚さんから強く受け入れられていると感じた瞬間には、性的な興奮だけでは説明できない感情も生まれた。

嬉しい。

幸せ。

安心する。

男として認めてもらえたような気がする。

もっと彼女を大切にしたくなる。

もっと一緒にいたくなる。

そうしたいくつもの感情が重なっていた。

もちろん、渚さんが既婚女性であることによる背徳感も、私の性的な気持ちを強くした一因だったと思う。

ただ、それだけでは説明できない。

もし渚さんが私にほとんど触れてこなかったら。

キスにも積極的に応えてくれなかったら。

スマホばかり気にしていたら。

早く帰りたいという態度を見せていたら。

おそらく私は、ここまで渚さんに惹かれていなかった。

身体も同じようには反応しなかったと思う。

私が惹かれたのは、渚さんの外見だけではなかった。

むしろ外見だけを見れば、渚さんは私の理想そのものというわけではない。

55歳。

3人の中では最年長だった。

体型も、私が普段好みとして思い描くものとは違う。

それなのに、私は渚さんに最も強く惹かれた。

なぜなのか。

今なら分かる。

私を求める渚さんの姿に、私は惹かれたのだ。

私に触れる。

抱きしめる。

キスをする。

私との時間に集中する。

そして、その時間を楽しんでいることが表情や仕草から伝わってくる。

そんな渚さんを見ていると、私ももっと彼女を求めたくなる。

だから身体も自然に反応した。

ひろみさんとの時間では、私は相手から求められている感覚をほとんど持てなかった。

くみさんとは、最初は身体が反応したものの、二人の気持ちが同じ方向へ高まっていかなかった。

しかし、渚さんとは違った。

触れれば返ってくる。

求めれば、求められる。

そして、求められるほど、私はさらに渚さんを求めたくなる。

その循環が途切れなかった。

だから私は、渚さんとの時間に夢中になれたのだと思う。

以前の私は、身体の相性というものを、もっと肉体的なものだと思っていた。

年齢。

顔。

体型。

裸になったときの見た目。

そういうものが性的な興奮を決めるのだと思っていた。

でも、55歳の渚さんとの経験によって、その考えは大きく変わった。

私にとって身体の相性がいい女性とは、単純に外見が好みの女性ではなかった。

私が相手を求め、相手も私を求め、その気持ちがお互いの間を行き来する女性だった。

その気持ちの循環があるから、私は嬉しくなる。

幸せになる。

安心する。

そして、その感情が性的な興奮へとつながり、身体も自然についてくる。

渚さんとは、それがあった。

だから私は、3人の中で最も年上だった渚さんとだけ、何かを無理に意識することなく自然に親密な時間を楽しむことができたのだと思う。

3人を比較して分かった「身体の相性」の正体

渚さん、ひろみさん、くみさん。

3人の女性と実際に会い、親密な時間を過ごしたことで、私はようやく「身体の相性」というものが少し分かってきた気がする。

以前の私は、身体の相性をもっと単純に考えていた。

女性の裸を見て興奮する。

身体に触れて興奮する。

そして最後までできる。

それなら相性なんて、ほとんど関係ないと思っていた。

実際、過去に関係を持った女性の多くとは最後までできていた。

だから私は、

「女性が裸になれば、男の身体なんて自然に反応するものだ」

くらいに考えていたのだと思う。

ところが、3人との経験によって、その考えは大きく変わった。

裸を見れば身体が反応することはある。

抱きしめれば身体が反応することもある。

でも、身体が最初に反応することと、その女性との時間に夢中になり、最後まで自然に楽しめることは別だった。

ひろみさんのとき、私は相手から求められているという感覚をほとんど持てなかった。

私ばかりが何とか気持ちを高めようとしていた。

くみさんの場合は、最初に抱きしめ合ったときには身体が反応していた。

しかし、そこから先のテンポが噛み合わなかった。

私はゆっくり触れ合いながら二人で気持ちを高めたかった。

ところが、私には彼女が行為そのものを早く進めたがっているように感じられた。

さらに、スマホの通知や電話などで気持ちが何度も途切れた。

高まりかける。

下がる。

また高めようとする。

また下がる。

その繰り返しだった。

そして、最終的には身体もついてこなくなった。

ところが、渚さんはまったく違った。

そもそも、渚さんとの親密な時間は、ホテルへ入ってから始まったわけではなかった。

もっと前から始まっていた。

会うまでのLINEでは日常の話をした。

好きなことも話した。

少しずつ、

「この人に会うのが楽しみだ」

という気持ちが私の中に生まれていた。

そして、渚さんからも同じような気持ちが伝わってきた。

実際、会う日には彼女から「楽しみ!」というスタンプまで送られてきた。

今振り返ると、あの時点ですでに二人の心は近づいていたのだと思う。

身体が触れ合うより前に、心の前戯が始まっていた。

だから実際に会ったとき、初対面だったにもかかわらず、自然に恋人つなぎができたのかもしれない。

手をつなぐ。

私が彼女の手の甲を指でなぞる。

彼女も私の手の甲をなぞり返す。

言葉では何も言っていない。

それでも、

「早くもっと近づきたい」

という気持ちを、お互いの指が伝え合っているように感じた。

ホテルへ入ってからも同じだった。

私が求めれば、渚さんから反応が返ってくる。

そして渚さんから求められることで、私もさらに彼女を求めたくなる。

求める。

求められる。

嬉しくなる。

もっと求めたくなる。

この循環が途切れなかった。

だから私は、渚さんとのときには自分の身体の状態をほとんど気にしていなかった。

「ちゃんと反応するだろうか」

「途中で気持ちが下がらないだろうか」

「最後までできるだろうか」

そんなことを考える必要がなかった。

ただ、渚さんとの時間を楽しんでいた。

そして気が付けば、身体は自然についてきていた。

この違いは、私にとってかなり大きな発見だった。

私はこれまで、

身体の相性=肉体同士の相性

だと思っていた。

でも、どうやら私の場合はそれだけではない。

むしろ、心の状態が身体の反応にかなり大きく影響している。

相手から求められる。

嬉しい。

安心する。

一緒にいて楽しい。

もっと触れたいと思う。

もっと近づきたいと思う。

そうした感情が積み重なることで性的な気持ちも高まり、身体が自然に反応する。

つまり私にとっての「身体の相性」は、身体だけを見ても分からないものだった。

外見についても同じだ。

もちろん、外見がまったく関係ないとは思わない。

私が女性として見ることができること。

そして何より、清潔感があること。

これは私にとってかなり重要だ。

しかし、美人である必要はなかった。

そのことを一番教えてくれたのが渚さんだった。

渚さんは3人の中で最年長だった。

そして外見だけを基準にすれば、私の理想そのものという女性でもない。

それでも私は、3人の中で渚さんに最も強く惹かれた。

会えば触れたい。

手をつなぎたい。

キスをしたい。

また会いたい。

一緒にいろいろな場所へ行ってみたい。

そう思える。

それは、渚さんが私にとって「外見が理想的な女性」だったからではない。

私と一緒にいるときの渚さんが、私にとって魅力的だったからだ。

ここが重要なのだと思う。

そしてもう一つ。

私は身体の相性を判断するとき、最後まで自然に進めるかどうかを一つの基準にしている。

ただし、一度うまくいかなかったからといって、それだけで「相性が悪い」と判断するわけではない。

疲れていることもある。

緊張することもある。

飲酒など、自分自身のコンディションが原因になることもある。

実際、私は過去に、それまで何度も問題なく親密な時間を過ごせていた女性と会ったとき、飲酒の影響で身体が思うように反応しなかった経験がある。

それでも、その女性との時間は楽しかった。

「勃起できない=自分の機能の問題」とは限らないと気付いた

私が自分の勃起力に不安を感じ始めたのは、PCMAXで知り合った50代のシングルマザー、まりさんと2度目のホテルデートをしたときだった。

まりさんとは初めて会ったときには、特に問題なく最後までできていた。

ところが2度目に会ったとき、身体は反応するのに、その状態を維持できず、どうしても挿入できなかった。

しかも、それが2夜続いた。

これは私にとってかなりショックな出来事だった。

それまでの私は、性行為をしようとして挿入できないという経験がほとんどなかった。

だから、

「もしかして、俺の身体がおかしくなったのか?」

という不安が生まれた。

私は54歳だ。

20代や30代の頃と同じ身体ではない。

年齢によって男性機能が少しずつ変化していたとしても不思議ではない。

だからこそ、まりさんとの出来事は、

「とうとう自分にもそういう時期が来たのかもしれない」

と思わせるには十分だった。

まりさんとはその後、別の理由もあって関係を終えた。

そして次に身体の関係を持ったのが、ワクワクメールで知り合った渚さんだった。

渚さんは私より1歳年上の55歳。

初めて会った女性だった。

だから私は多少なりとも、

「ちゃんとできるだろうか」

という不安を持っていたはずだ。

ところが実際に渚さんと会うと、そんな心配はどこかへ消えてしまった。

車の中で手をつないだところから、お互いに触れ合うことが楽しかった。

ホテルへ入ってからも、抱きしめたり、キスをしたり、一緒に過ごす時間そのものに夢中になった。

私は自分の身体の状態を確認することさえ忘れていた。

「ちゃんと反応しているだろうか」

「途中で駄目にならないだろうか」

そんなことを考えていなかった。

気が付けば身体は自然についてきて、最後まで楽しむことができた。

そのとき私は、

「なんだ。俺はまだ大丈夫じゃないか」

と安心した。

まりさんとのときは、たまたま体調が悪かったのかもしれない。

そう考えるようになった。

ところが、その後に会ったひろみさんとの時間で、再び同じ問題が起きた。

身体は反応する。

でも、その状態を維持できない。

何とか気持ちを高めようとしても、最後まで進めない。

まりさんとのときに感じた不安が、また頭の中に戻ってきた。

「やっぱり俺自身の問題なのか?」

そして、さらにくみさんと会った。

くみさんは45歳。

私はどこかで、

「今度こそ大丈夫だろう」

と思っていた。

ところが、くみさんとのときも結果は同じだった。

最初に抱きしめ合ったときには身体はちゃんと反応していた。

それでも、その後のやり取りの中で気持ちが下がっていき、結局最後までできなかった。

ひろみさん。

くみさん。

2人続けてうまくいかない。

さすがに私は、

「これは何かがおかしい」

と思った。

でも、そこで3人を比較してみると、奇妙なことに気付いた。

渚さんとはできている。

しかも、渚さんは3人の中で最年長だった。

もし単純に私自身の男性機能だけが原因なら、なぜ渚さんとのときには自然に身体が反応したのだろう。

そこで私は、それぞれの女性と過ごした時間を思い返してみた。

すると、大きな違いがあった。

渚さんとのとき、私は自分の身体を反応させようとしていなかった。

渚さんに夢中になっていた。

これに対して、うまくいかなかったときの私は、

「何とか反応させなければ」

「何とか最後までいかなければ」

と、自分の身体ばかりを意識していた。

この違いは何なのだろう。

考えてみれば、渚さんからは、私との時間を楽しんでいることが伝わってきた。

私が触れれば反応が返ってくる。

私が求めれば、彼女からも求められていると感じる。

だから私は嬉しくなり、さらに彼女を求めたくなった。

その気持ちに身体が自然についてきた。

一方、ひろみさんやくみさんとの時間では、私にはその感覚がほとんどなかった。

相手から求められているという実感を持てない。

気持ちが高まらない。

それなのに、

「身体だけは反応させなければ」

と焦っていた。

今振り返れば、この時点でかなり無理をしていたのだと思う。

そして私は、渚さんと再び会うことになった。

ここで私の中では、一つの答え合わせができた。

2度目も、渚さんとの時間では身体が自然に反応した。

そこでようやく私は、

「うまくいかなかったからといって、すべてを自分の男性機能のせいにする必要はないのかもしれない」

と考えられるようになった。

もちろん、54歳という年齢を考えれば、若い頃とまったく同じではないと思う。

実際、以前なら刺激を感じていたものに身体が反応しにくくなったと感じることもある。

だから私は、

「自分の男性機能には何の問題もない」

と言いたいわけではない。

今回分かったのは、もっと別のことだ。

男性の身体の反応は、身体の機能だけで決まっているわけではない。

少なくとも私の場合は、

相手に触れたいと思えるか。

相手からも求められていると感じられるか。

二人の時間を楽しいと思えるか。

安心してその時間に夢中になれるか。

そうした心理的な要素によって、身体の反応が大きく変わることを実感した。

だから今の私は、一度うまくいかなかっただけで、

「もう男として駄目なのかもしれない」

と結論を出す必要はないと思っている。

疲れていることもある。

緊張していることもある。

飲酒などが影響することもある。

そして、相手との関係や、その場の空気が自分に合っていないことだってある。

身体の相性について考えてきたことで、私はこのことにも気付いた。

勃起できない、あるいは維持できないという結果だけを見て、自分の身体だけを責めても答えは出ない。

大切なのは、

「なぜ、その女性とのときに身体がついてこなかったのか」

を考えることなのだと思う。

私の場合、その答えを教えてくれたのが渚さんだった。

彼女との時間では、身体の状態を心配する必要がなかった。

私はただ彼女との時間を楽しみ、彼女を求めていた。

そして彼女からも求められていると感じていた。

その結果として、身体は自然についてきた。

だから今の私は、こう考えている。

身体が反応するかどうかは、男性機能だけの問題ではない。

相手との関係。

気持ち。

安心感。

楽しさ。

求め、求められる感覚。

そうした目には見えないものまで含めて、私の身体は反応しているのだと思う。

「今日はうまくいかなかったけれど、この女性とは合わない」

とはまったく思わなかった。

後日、体調のいい状態で会えば、いつも通りだった。

この経験からも分かる。

身体の相性とは、一回の結果だけで決めるものではない。

大切なのは、自分のコンディションに問題がない状態で、その女性と一緒にいると自然に気持ちが高まり、身体までついてくるのかどうかだと思う。

そして今回、3人を比較して、もう一つ気付いたことがある。

私にとって非常に重要なのは、

「楽しい」という感情だった。

この女性と話していると楽しい。

会うのが楽しみ。

触れ合うのが楽しみ。

相手も自分との時間を楽しみにしてくれている。

そうした感情が二人の間にあることが、私にはとても重要だった。

出会い系サイトでは、条件だけを確認して、そのまま会う約束が成立することもある。

私自身、それで十分だと思っていた。

会えば何とかなる。

ホテルへ行って裸になれば、自然にできる。

そう思い込んでいた。

でも、少なくとも今の私には、それだけでは足りないことが分かった。

会う前から、

「この女性と会いたい」

と思えること。

そして、

「この女性も私と会うことを楽しみにしてくれている」

と感じられること。

そこからすでに、身体の相性は始まっているのかもしれない。

だから今の私は、「身体の相性がいい女性とは?」と聞かれたら、こう答える。

自分が相手を求め、相手からも求められ、その時間を二人で楽しむことができ、その気持ちに身体が自然についてくる女性。

それが、今の私にとって身体の相性がいい女性だ。

考えてみれば不思議な話だ。

身体の相性について考え続けた結果、私がたどり着いたのは身体そのものではなかった。

身体の相性の正体は、心の相性が身体の反応として現れたものなのかもしれない。

渚さん、ひろみさん、くみさん。

3人の女性との経験を比較したことで、私はようやくそのことに気付いた。

身体の相性は肌を重ねる前から現れている

身体の相性がいいか悪いか。

そんなものは、実際に二人で親密な時間を過ごしてみなければ分からない。

私はそう思っていた。

今でも、最終的にはそうだと思っている。

どれだけメッセージが盛り上がっても、実際に会ってみたら何か違うことはある。

会話は楽しいのに、男女としては惹かれないこともある。

だから、メッセージだけを見て、

「この女性とは絶対に身体の相性がいい」

と判断することはできない。

ただ、今回3人の女性との経験を振り返ってみると、もう一つ気付いたことがある。

身体の相性そのものは分からなくても、そのヒントは会う前から出ていることがある。

ということだ。

「この人、ちょっとおかしくないか?」という最初の違和感

ひろみさんとは、会う前から違和感があった。

彼女から、

「初めまして。仲良くしてください」

というメッセージが届いたことから、やり取りが始まった。

プロフィールを見るとグルメが好きだと書いてあったので、私は、

「最近食べたもので美味しかったものって何ですか?」

と聞いた。

すると返ってきたのが、

「焼き肉が美味しかったです。良かったら食べに連れて行ってください」

という内容だった。

私はこれを読んで、

「なんで俺が、まだほとんど話したこともない女性に焼肉をご馳走しないといけないんだ?」

と思った。

やり取りが始まって、まだ2通目くらいだった。

その時点ですでに、

「この人、俺とは感覚が違うな」

と感じていたのだ。

それでも私は、その違和感を無視して会った。

結果として、実際に会ってからも感覚のズレは消えなかった。

食事の仕方。

金銭感覚。

相手への気遣い。

二人で親密な時間を過ごすときの態度。

何もかもが少しずつ私の感覚とは違っていた。

最終的に、私は彼女との時間を楽しむことができなかった。

身体も最後までついてこなかった。

今になって振り返れば、あの結果につながる最初の小さなサインは、会う前から出ていたのかもしれない。

くみさんにも「何となく合わない」があった

くみさんの場合は、ひろみさんほど明確ではなかった。

ただ、

「この女性、なんとなく私とはテンポが違うな」

という感覚があった。

一度は体調が良くなったという連絡が来たのに、その後また治っていないという話になる。

そして会う日を決めるときにも、彼女の方から突然、具体的な日時を提示された。

もちろん、それだけで非常識だと決めつけるような話ではない。

単純に、そういう日程調整をする人なのかもしれない。

それでも私は、

「俺とはちょっと感覚が違う人なのかな」

という居心地の悪さを感じていた。

そして実際にホテルへ行くと、その違和感はもっと大きなものになった。

私が求めている親密な時間の流れと、彼女が求めている流れがまったく違った。

私は、抱きしめたり、キスをしたり、二人でゆっくり触れ合いながら気持ちを高めていきたい。

行為そのものだけではなく、そこへ至る時間も楽しみたい。

ところが、私には彼女がその過程をできるだけ早く終わらせようとしているように感じられた。

さらに、二人で過ごしている最中にもスマホの通知が何度も鳴り、電話に出る場面まであった。

私の気持ちは、そのたびに現実へ引き戻された。

結局、身体は最初に反応していても、その状態を維持することができなかった。

ここでも私は、会う前に感じていた、

「この女性とは何となくテンポが合わない」

という小さな違和感を思い出すことになった。

では、渚さんはどうだったのか

ひろみさん、くみさんと続けてうまくいかなかったとき、私は渚さんのことを考えた。

なぜ3人の中で最年長の渚さんとは、あれほど自然に親密な時間を楽しむことができたのだろう。

そこで、会う前のやり取りまでさかのぼって考えてみた。

すると、最初から違っていた。

渚さんとのメッセージには、ほとんどストレスがなかった。

会うために必要な条件だけを確認していたわけでもない。

日常の話もした。

好きなものについても話した。

これからどんな関係になれたらいいのかという話もした。

私が何かを言えば、渚さんから自然に言葉が返ってくる。

渚さんが何かを言えば、私もその話をもっと聞きたくなる。

どちらか一方だけが自分の都合を押し付けている感じがなかった。

そして会う日が近づくにつれて、

「早く会いたい」

「一緒に過ごすのが楽しみだ」

という気持ちが自然に高まっていった。

実際に会ってみても、その感覚は変わらなかった。

むしろ、

メッセージで感じていた心地よさが、そのまま現実の二人の距離感につながった。

私は彼女を求めた。

そして彼女からも求められていると感じた。

だから二人で過ごす時間そのものが楽しかった。

身体は、その気持ちについてきた。

メッセージの相性と身体の相性は、別物ではないのかもしれない

もちろん、たった3人を比較しただけで、

「メッセージの相性が良ければ、身体の相性も必ず良い」

なんて断言するつもりはない。

メッセージでは盛り上がっても、実際に会えば違うことだってある。

外見。

匂い。

声。

話し方。

触れたときの感覚。

距離感。

会ってみなければ分からないことはいくらでもある。

だから、身体の相性を最終的に知るには、やはり実際に会って親密な時間を過ごしてみなければ分からないと思う。

ただし、逆方向については少し考えが変わった。

会う前から強い違和感がある相手について、「実際に会えば何とかなる」と安易に考えない方がいい。

少なくとも私はそう思うようになった。

メッセージには、その人の性格が出る。

自分の話ばかりするのか。

こちらの話も聞いてくれるのか。

自分の都合だけを優先するのか。

こちらの事情も考えてくれるのか。

言葉のキャッチボールが自然に続くのか。

何となく疲れるのか。

こうした違いは、単なる文章の相性ではないのかもしれない。

相手との距離をどう縮めていく人なのか。

その一部分が、メッセージにも表れているように思う。

そして、その人と実際に親密な関係になったときにも、同じ性質が出てくる。

そう考えれば、会う前に感じた違和感と、身体の相性が悪かったことがつながっていても不思議ではない。

今の私は「違和感」を軽く考えない

以前の私なら、

「まあ、会って裸になれば何とかなるだろう」

と思っていた。

今は違う。

メッセージをしていて、

「この人、自分のことしか考えていないな」

「なんとなく会話のテンポが合わないな」

「どうしてこんな言い方をするんだろう」

と何度も感じるのであれば、その違和感を無視しない。

逆に、

「この人とは自然に話せるな」

「こちらのことも考えてくれているな」

「会うのが楽しみだな」

と思える女性なら、その感覚を大切にする。

だから今の私に、

「身体の相性は、実際に肌を重ねてみないと分からないのか?」

と聞かれたら、こう答える。

最終的には、実際に親密な時間を過ごしてみなければ分からない。

でも、その答えにつながるヒントは、もっと前から二人の間に現れていることがある。

私の場合、そのヒントの一つが、

「この女性とやり取りをしていて心地いいか」

だった。

身体が触れ合うより前に、言葉が触れ合う。

言葉が自然に触れ合える相手だからこそ、実際に会ったときにも自然に距離を縮められることがある。

そう考えると、身体の相性というものは、ホテルの部屋に入った瞬間に突然始まるものではないのかもしれない。

二人が初めて言葉を交わしたときから、すでに相性は少しずつ表れ始めている。

まとめ|身体の相性がいい女性とは?

この記事を書くきっかけになったのは、単純な疑問だった。

なぜ私は、渚さんとは自然に身体が反応したのに、ひろみさん、くみさんとはうまくいかなかったのだろう。

3人ともワクワクメールで知り合った女性だった。

そして意外だったのは、3人の中で最年長だった渚さんとの相性が、私にとって一番良かったことだ。

以前の私は、身体の相性というものをもっと単純に考えていた。

若い女性。

美人な女性。

スタイルのいい女性。

そういう女性ほど男性は興奮しやすく、身体の相性も良くなりやすい。

どこかでそんなふうに考えていたのだと思う。

しかし、実際に3人の女性と会ってみて、私の考えは変わった。

少なくとも私にとって、身体の相性は年齢や顔、体型だけでは決まらない。

もっと大きかったのは、

「この女性も私との時間を楽しんでくれている」

と感じられることだった。

私が求めるだけではない。

相手からも求められる。

触れれば反応が返ってくる。

一緒にいることを楽しんでくれる。

そして私自身も、その女性と過ごしていて楽しい。

そんな二人の気持ちの往復があると、私は自然に相手へ惹かれていく。

反対に、どれだけ裸で肌を重ねても、相手から求められているという実感がなければ、私の気持ちは高まらなかった。

今回の経験で、それが身体の反応にまで表れることを知った。

だから今の私は、

「身体の相性がいい女性とは、どんな女性なのか?」

と聞かれたら、こう答える。

私がその女性を求め、その女性からも求められ、二人で過ごす時間そのものを楽しめる女性。

そして、その気持ちに私の身体が自然についてくる女性だ。

もちろん、一度うまくいかなかっただけで相性が悪いとは思わない。

疲労や緊張、その日の体調などによって身体が思うように反応しないことだってある。

大切なのは、結果だけではない。

その女性と一緒にいるとき、自分はどんな気持ちになっているのか。

もっと触れたいと思うのか。

もっと一緒にいたいと思うのか。

相手からも同じような気持ちが返ってきていると感じられるのか。

私は、そういう部分を見るようになった。

そしてもう一つ、大きな発見があった。

身体の相性は、二人が肌を重ねた瞬間に突然生まれるものではない。

会う前のメッセージにも、その兆候は現れている。

言葉のキャッチボールが自然に続く。

相手への気遣いがある。

話していて心地いい。

会う日が近づくにつれて、お互いに楽しみになっていく。

そうやって心の距離が少しずつ縮まっているからこそ、実際に会ったときにも自然に身体の距離を縮められるのかもしれない。

逆に、メッセージの段階から何度も違和感を覚える相手なら、

「実際に会えば何とかなる」

と考えない方がいい。

少なくとも私は、今回の経験からそう学んだ。

そして何より、私は自分自身について一つ知ることができた。

私は、女性の裸を見ることだけで満足する男ではなかった。

ただ行為ができればいいわけでもなかった。

私が求めていたのは、女性と一緒に気持ちを高めていく時間だった。

相手を求める。

相手から求められる。

嬉しくなる。

もっと近づきたくなる。

その感情の先に身体のつながりがある。

それが、私にとってのセックスだった。

だから、身体の相性について考え続けた末にたどり着いた答えは、意外にも身体そのものではなかった。

身体の相性とは、二人の心の相性が身体の反応として表れたものなのかもしれない。

渚さん、ひろみさん、くみさん。

3人との経験がなければ、私は今でも、

「女性が裸になれば、男なんて自然に興奮するものだ」

と思っていたかもしれない。

でも今は違う。

私にとって本当に身体の相性がいい女性とは、

裸を見ただけで身体が反応する女性ではない。

服を着ているときからもっと近づきたいと思えて、心と身体の両方でお互いを求め合える女性。

今の私は、それが「身体の相性がいい女性」なのだと思っている。


身体の相性がいい女性は、プロフィールを眺めているだけでは分からない。

今回、3人の女性との出会いを振り返って私が感じたのは、相性の兆候は実際に会うよりも前、メッセージを交わしている段階から現れることがあるということでした。

「この人とは自然に話せるな」
「もっと話してみたいな」
「実際に会ってみたいな」

そんな女性が見つかるかどうかは、まず自分から探して、言葉を交わしてみなければ分かりません。

私が今回の記事で書いた3人の女性と知り合ったのも、ワクワクメールでした。

もちろん、登録したからといって必ず相性のいい女性に出会えるわけではありません。

私自身、うまくいかなかった出会いもありました。

それでも、その経験があったからこそ、自分にとってどんな女性が合うのかが少しずつ分かるようになりました。

もし気になる女性を見つけたら、プロフィールを見るだけで終わらせず、まずはメッセージを送ってみる。

そこから始まるやり取りそのものが、二人の相性を知る最初の一歩になると思います。

「自分と自然に言葉を交わせる女性を探してみたい」

そう思った方は、下のバナーからワクワクメールを覗いてみてください。

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