私が子供の頃に住んでいた団地には、小学生を集めた少年野球部がありました。私は小学2年生の頃から野球部に入部していました。
その野球部の部長は、私の両親とも顔なじみで、私の家にやってきて父親と一緒にお酒を飲んだりすることもありました。
そんなある日の事です。
ふすま越しの違和感。少年野球の部長と母が隠した「音」の記憶
私が家で遊んでいると、野球部の部長が家にやってきました。玄関で母と何やら会話をしていました。私が居た部屋から玄関の様子が見えていたのですが、母はふすまを閉めて玄関が見えないようにしました。
するとその直後、くちゅ・・・くちゅ・・・と、唇、唾液、舌が絡み合った時の独特な音が聞こえて来たのです。子供の頃の私は、玄関で一体何が起きているのか全く分かりませんでした。
夜のグラウンドと閉ざされた小屋。母が「母」を捨てた逃避行
そして別の日の出来事です。母と一緒に私の住む地域の繁華街へ一緒に出掛けました。その時は陽が落ちて夜になってました。
母が公衆電話で誰かと話していたような記憶があります。電話が終わってからどれくらいの時間が過ぎたのかは覚えていないのですが、野球部の部長が母と私の前に現れました。
母と私は部長の車に乗り込み、家へと向かいました。繁華街から家までの距離は車で50分くらいはかかる距離で、その道順と景色は父が運転する車で明確に覚えていました。
そして、私の住む団地の近くまで来たので後は家に到着するだけだな。そう思っていたら、団地に続く道に入らずに、家から遠ざかっていく道をどんどん進んでいきました。
どこまで行くのだろう?と疑問に感じながら道を見ていると、部長が管理していた少年野球で時々使うグラウンドまでやってきました。こんなところまで来て何するんだろう?と不思議に思ってました。
すると、部長はそのグラウンドに車を止めて、母と一緒に車から降り、そのグラウンドにある小屋の中へ二人で入っていきました。
私は車の中で遊んで待ってました。子供の頃の私は小屋の中で何が起きているのか全く分かりませんでした。
そんな出来事も、翌日には私の記憶から完全に消え去っていました。
これらの出来事は私の記憶からすっかりなくなっていたのですが、10数年の時を経て私が大人になった時、ふいにこの時の記憶が脳裏によみがえってきたのです。
10数年後の伏線回収。母が「雌」へと堕ち、本能を剥き出しにした瞬間
あ・・・あああああ。そうか。そうだったのか。
お母さんはあの時、玄関で部長とキスをしていたのか。唇を重ね合わせ舌を絡ませ唾液の交換をしていたのかもしれない。
ふすまで遮られていたから見えなかったけれど、部長の手のひらは母の乳房を揉みしだいていたのかもしれない。
もしかすると、部長は母のショーツの中に手のひらを滑り込ませ、指で優しくクリトリスを愛撫していたのかもしれない。
母はもしかすると、部長の優しい愛撫で気持ち良くなり声を必死に我慢しつつ、部長の首筋に腕を回して自分の身体を支え膝をがくがくと震わせながら女の喜びに浸っていたのかもしれない。
ふすま一枚の向こう側で、母は粘膜を濡らし、本能をむき出しにした雌へと変貌していたのだろう。
もしかすると母は部長の舌を絡めとりながら「もっと・・・奥まで汚して・・・」と掠れた声で懇願していたのかもしれない。今ならそんな母の喉の震えまでが想像できてしまう。
父(夫)を裏切り、そして私をも裏切り、母としてではなく妻としてでもなく、女として部長を男として受け入れていたのだ。
そしてあの小屋の中では、母という役割を捨て、妻という役割も捨て、一人の女に戻り、服を脱がされ、ブラもショーツも脱がされ、部長と舌を絡ませながらキスをして、胸を揉みしだかれ、彼の男根を愛液という名の涎をみだらに垂らしながら咥えていたのかもしれない。
そして子宮を突き上げられながら彼と一つに繋がり合い、部長と言う男を膣の中に迎え入れて、自らの膣の形を部長のそれに変形させて喜びを感じていたのかもしれない。
そう・・・「私の膣は、あなただけのものよ」と、部長の耳元で淫らに囁きながら。
理性の箍が外れた母は「あの人じゃダメなの、あなたのじゃなきゃ・・・」と、夫への最大の裏切りを、獣のような吐息と共に漏らしていたのかもしれない。
私の母は父とはずっと喧嘩をする毎日だった。子供の頃から「結婚したら苦労するよ」と呪いのようにいい聞かされてきた。
だがそんな母も、部長の前では女に戻れる唯一の心の安らぎを感じられる時間だったのかもしれない。母にとって部長は心の癒しともいえる存在だったのかもしれない。
だから母は、心の中に私の父ではない部長と言う男を棲ませていたのかと、そんな鮮やかな光景が脳裏によみがえったのです。
母は結婚してから苦労の連続だったと思う。父(夫)からの理不尽や暴言を浴びせかけられ、しかし離婚をすることもできない時代だったから、仕方がなく妻としての役割を果たすしかなかったのだろう。
そんな母を支えていたのは、母を女として扱っていた野球部の部長だったのかもしれない。部長の男らしさ、包容力に母は安らぎを見出したのかもしれない。
母は、「部長は野球部では部長だけど、社長なんだよ」と私に言ってきたことが1度だけあった。あの時は「なぜそんなことを知ってるんだろう・・・?」と疑問に思っていた。
父の知らないところで、母と部長は男と女の関係を結び一つに繋がり合っていたからこそ知り得た情報なのではないかと大人になった今では思う。
でも私は、母が女になって男を求めたことは、どこか人間くさくて良いなと思ったし、父との夫婦仲を考えると、これで心のバランスが取れていたのならば部長との肉体関係は良かったんじゃないかと思ったのだ。
一人の女としての母。そして私に刻まれた「女を雌に変える」という業
母もまた、一人の女だった。そしてその息子である私もまた、誰かの女を「雌」へと変え、その心に消えない刻印を刻み続けるという業を、一生背負って生きていくのだろう。
そして、刻印を俺に刻まれた女の夫は、もしかすると、あなたかもしれない。


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